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ヘドバ・アムラニ「生きてこう」発表、現在、日本での活動「ヘドバとダビデ」

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70年代に日本で大ヒットした「ナオミの夢」で知られる「ヘドバとダビデ」のイスラエル人女性シンガー、ヘドバ・アムラニ(Hedova Amrani)さんが、新曲「生きてこう」を発表しました。「ヘドバとダビデ」の「ナオミの夢」から50年ぶりです。

ヘドバ・アムラニ

ヘドバ・アムラニ

 

ヘドバ・アムラニ新曲「生きてこう」を発表

ヘドバ・アムラニさんが新曲「生きてこう」を発表。

日本で70年代大ヒットした「ナオミの夢」で知られる「ヘドバとダビデ」以来50年ぶりの新曲発表です。


ヘドバ・アムラニ「生きてこう」 Hedva Amrani Ikitekou

新型コロナ感染拡大で混沌とする状況のなか、若い頃お世話になった思い出深い日本の人々を元気づけようと新曲「生きてこう」を今月発表したとのことです。

その「思い」について、ヘドバ・アムラニさんは、語っています。

「『生きてこう』は日常の些細なことを楽しむこと、そして私たち自身がネガティブな気持ちに負けないことの大切さを思い出させてくれます。子どもの笑顔や思いやりのある行動など、ほんの小さなことからも私たちは幸せに感じる何かを見つけることができるのだと思います。そういう思いを、音楽を通して日本の皆さんへ贈りたいのです」

 

ヘドバ・アムラニの日本での活動

イスラエル出身の、ヘドバとダビデの二人は、イスラエル軍の音楽隊で知り合い、退役後の1965年にデュオグループとしてプロデビューしました。

1970年、世界47ヶ国の代表が出場した第1回東京国際歌謡音楽祭(翌年から世界歌謡祭に改称)にイスラエル代表として出場し、ヘブライ語の楽曲「ANI HOLEM AL NAOMI」
を歌いグランプリを受賞。

その後、二人が一週間東京に滞在している間に日本語の詞を付けレコーディングし、翌年1月25日、「ナオミの夢」のタイトルで発売、大ヒットしました。


ナオミの夢/ ヘドバとダビデ Ani Holem Al Naomi – HEDVA & DAVID— 日本語盤(1971年

 

 

元々はイスラエルのコーヒーのCMソングとして作られたが、出来が良かったため音楽祭に参加してみたところグランプリを受賞しました。

タイトルの「ナオミ」は旧約聖書にも登場する欧米ではポピュラーな女性の名前で、ヘブライ語で「幸せ」や「和み」を意味します。

 

日本で70年代発表した曲は他に次の曲がありました。

幸せは夢でなく(1971年5月1日発売)


幸せは夢でなく ヘドバ&ダビデ(日本語) NEXT YEAR / HEDVA & DAVID

 

朝もやのなか(1971年10月25日発売)

 

おとなの不思議な世界(1972年)

二人だけの夢(1974年)

バン・バン(1974年)

悲しみの橋を渡る時(1975年)

そして、1970年代後半に解散しています。

ヘドバとダビデ

ヘドバとダビデ

 

ヘドバ・アムラニさん現在

1970年代後半、アムラーニはソロ活動を開始しました。解散後はヨーロッパを中心にソロ歌手として活躍。その後、アムラニは、医師ダドリー・ダノフと結婚し、米国カリフォルニア州ビバリーヒルズに住み、現在、米ロサンゼルスに在住。76歳になります。

ヘドバ・アムラニ

ヘドバ・アムラニ

 

ヘドバ・アムラニさんの日本についての印象

1970年、世界47ヶ国の代表が出場した第1回東京国際歌謡音楽祭にイスラエル代表として出場するため日本に始めてきた時、日本という国の美点にとても感動しました。

 

まず、白いグローブをつけたタクシードライバーがドアを開けていたのを覚えています。

そして、すべてのタクシードライバーが白いグローブをつけていることに気づいたのです。

また、日本人がいかにきれい好きできちんとしているか、とても驚きました。

デパートでエスカレーターに乗るとき、そこには白いグローブをつけユニフォームに身を包んだ可愛らしい女の子がいて、お客一人ひとりが乗る前に手すりを磨いていました。

桜の花や、日本のファッション、もちろん日本食も大好きでした。

私が初めて日本を訪れたときは英語を話せる人はほとんどいませんでした。また、音楽も変わりましたよね。

いまや日本の音楽はどこに行っても通用する国際的なものになったと思いますし、食やファッションも大きく変化したと思います。

まとめ

今回は、「ヘドバ・アムラニ「生きてこう」発表、現在、日本での活動「ヘドバとダビデ」」というテーマでお送りしました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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