サハリンの、日本の企画だった狭軌鉄路に幕。 宮沢賢治「銀河鉄道」ゆかりだった。サハリンでは日本の線路幅の狭軌(1067ミリ)からロシア規格の広軌(1520ミリ)への全面改修が15年以上続き、10月中に完工予定。
目次
宮沢賢治「銀河鉄道」のサハリン狭軌の鉄道に幕
第2次大戦終結までロシア極東サハリンSakhalin(樺太)の南部が日本領でした。
日本は敗戦により、サハリン南部を手放すまで、日本の統治時代からあったもので、残してきたものに狭軌(1067ミリ)規格の線路がありました。
2020年9月30日、日本の統治時代に敷設された規格の線路で最後の列車が運行されました。
サハリンでは日本の線路幅の狭軌(1067ミリ)からロシア規格の広軌(1520ミリ)への全面改修が15年以上続き、10月中に完工予定。
作家宮沢賢治も乗り、代表作「銀河鉄道の夜」の着想を得たといわれる日本統治時代の鉄路は幕を閉じることになります。
日露戦争で勝利し、北緯50度以南の樺太を譲与された日本は、本土と同じ狭軌で鉄道網を整備。
第2次大戦末期に南樺太に侵攻した旧ソ連は、終戦後も日本の線路や機関車などを使い続けていました。
サハリンの、日本の企画だった狭軌列車の動画。
日本企画サハリン狭軌鉄路を走る鉄道列車の動画。
サハリンと島の鉄道1067mmゲージ。
ーСахалин и железные дороги острова колеи 1067 мм
まとめ
今回は「宮沢賢治「銀河鉄道」のサハリン狭軌の鉄道に幕!」というテーマでお送りしました。
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